友桐夏『白い花の舞い散る時間』



友桐夏、リリカルミステリーシリーズ「白い花の舞い散る時間」「春待ちの姫君たち」「盤上の四重奏」(コバルト文庫)
タイトルとイラストから百合電波が出ていたので読んだ。
中身はというと、百合ではなかった。しかし近年気にしつつも私自身整理のついていない、ある傾向を顕著に有していた。それはライトノベルや若手作家の書く物語にしばしば見られる傾向だ。『蹴りたい背中』もそうだった。
今回はそれを扱う。
まずは参考程度に『白い花の舞い散る時間』のあらすじを紹介しよう。
これは、同じ塾のチャットルームのメンバーが洋館に合宿して誰がどのHNの人かを各々推理する、という文脈から始まる小説だが、次第にメンバーにミッシングリンク(隠された共通項)があることがわかり、実は合宿以前のチャットのときから「集められていた」という陰謀めいた話になる。その背後にはカルト的な教団がある。正体不明、目的不明の組織が影を落とし、その影響下に浮遊した言語空間が展開される。
本題に移る。
問題の傾向とは次のようなものだ。
・対人関係をモデル化しすぎる。例えば「敵/味方」にはっきりと分けたがる。
・コミュニケーションにおける「駆け引き」の側面を強調しすぎる。むしろ駆け引きのみでコミュニケーションしようとする。主人公だけでなく、周囲の人々の多くも同様のプロトコルを所与のものとしている。
・出し抜けに家族第一主義な発言をする。家族を自分にとって特権的なものと主張したがる。
似た傾向を持つ作家には佐藤友哉がいる。友桐夏を読んでいると、佐藤友哉と乙一を思い出した。乙一の抑制を佐藤友哉に利かせたような小説だと思った。悪意とナイーブさのある小説なのだ。しかし佐藤友哉ほどには頼もしくない。佐藤友哉の小説に登場する人物の自我はきわめて弱々しいが、小説としては頼もしい。佐藤友哉の小説と友桐夏の小説の決定的な違いを上述の傾向に即していえば、
・友桐夏の登場人物達には、みな一様に「敵/味方」や「出し抜く/出し抜かれる」のプロトコルが組み込まれており、それしかない。対立する者同士のコミュニケーションはちょうど平行線のように交わらず、不毛だ。
・佐藤友哉の登場人物達のプロトコルは似ているようで異質だ。彼ら彼女らは決定的にすれ違っている。対話が良好に成立しているように見えても、根源的なところでは交差さえしていない。しかし、そのすれ違いの原因は各人の“ずれ”のみに拠っていない。もっと高次元の、場のいたずらが働いている。
友桐夏のコミュニケーション空間をユークリッド幾何学に例えるなら、佐藤友哉のそれは非ユークリッド幾何学的だ。友桐夏の平行線は永遠に交わらないが、佐藤友哉のそれは何かのはずみで交わる。その奇跡の瞬間があるから、佐藤友哉は面白い。
この差異は例えば「自己嫌悪」の欠如として、登場人物個人の資質にあらわれる。
友桐夏の登場人物は、自己省察はする。しかし、発揮される洞察力は基本的には他者を攻撃するためのものだ。後悔でさえも「なぜあのときもっと巧く立ち回って、あいつを出し抜けなかったのか。私はもっと冷血にならなければ」といった形でなされる。
そこには他者にそそがれる愛がない。眼差しは愛を希求せず、拒絶や見透かしに躍起になっている。他者は利用するものでしかなく、私を傷つける不快なものとして捉えられている。これは不快な世界像だが、そのような世界像の物語が書かれねばならなかった理由はどこにあるのか。
身も蓋もないことを言えば、他者を認めるわけにはいかなかったのだ。認めた瞬間に小説が終わってしまう。リリカルミステリーシリーズにおいては、ミステリーの枠組みを取っ払ってしまえば、“平行線”を見せ続ける以外に筋が残っていない。各人が各人の規範に基づき続けること、敵が敵であり続けることでかろうじて成立している。叙述トリックや正体不明な“空気”としての組織や換喩的固有名詞などによって幾重にも偽装されてはいるが、ストーリーを生成する根拠となっているのは、キャラクターの静止した位置関係でしかない。
これはとても臆病なあり方だ。デザインされたキャラクターが、その自我をわずかとも揺るがされることなくあり続ける。随分と哀しい生き方を選択したものだ。
この痛切な臆病さが、歪なコミュニケーション空間を持つ物語たちの根っこにある。
では、一体何が我々を臆病たらしめているのか。
この文章を書き始めるまでは「整理がついていない」としていたが、途中で答えを既に知っていたことに気づいて、自分の呆れるほどの鈍さを歯痒く思った。
『今や日常生活世界が戦場という非日常を内包しているのだ』
虚構化された不快な世界像は、戦争を内在した日常世界の正確な反映だった。
だから、彼ら彼女らの小説がしばしば出し抜けに家族信仰を見せる理由も自明のものとなる。
それはもはや存在しない非戦地帯の影であり、抵抗にもならない憧憬なのだ。こんな馬鹿馬鹿しい正体も見抜けないまま読み進めていたとは!
「くだらないわね。そんなこと教えてもらったって何の役にもたたないわ。その女と共瞑会とのかかわりも、あたしと亜梨栖が取り替えられることになった経緯も、あんたがどうして伶沙の弟として彼女たちと一緒に暮らしていたのかも、あたしには本当にどうだっていいの。ひとつ目の質問は、あたしの両親を交通事故に見せかけて殺したのは誰なのかということ」 ――白い花の舞い散る時間,269p宵子か。
深月は苦いものを噛んだ気分になった。
直接それを命令したわけではないだろうけど、でも彼女という存在があったせいであの二人が亡くなったのだとしたら、あたしはあの子を赦せないな。 ――同,271p
